遠野家の朝

 珍しく気持ちよく誰におこされること無く目が覚めた。今日は日曜日、窓
を開ければ今にも小鳥の囀りが聞こえてきそうな、気持ちの良い朝だった。
オレはまだベットの中で寝息をたてているメイド姿の少女
と、割烹着姿の少女の寝顔を眺めていた。
 ちょうどオレを真ん中にちょうど川の字を書くように寝ていたのだ。
 そんな喧噪とは無縁の静かな朝は長続きしないのであった。

 ばーん、という音と共にらんぼうに扉が開け放たれると同時に怒号が部屋
中に木霊した。

「朝からタナトスってるんじゃありませんッ!!」

 ドスドスと部屋に入ってくる少女、日本人形のような艶のある長い黒髪を鬼
女の如く振り乱しながら、
 あまりの出来事にねぼけていた頭が一気に覚醒する。

 「あ、秋葉ぁッ!?」


 着替え終わると三人そろって居間に呼ばれた。

 「志貴さんは大変なものを盗んでいきました」
 どこかで聞いたことのある台詞を突然言い出す琥珀さん。
 「私たちの貞s『オイッ!!』間違えました。心です」
 「志貴様を犯人です」
 なんてコンビネーションで追い詰めてくるんだ。これが姉妹のシンパシーってやつ
なのかっ。
 「い、今、ていそって……」
 「嘘だから。信じるな秋葉」
 「嘘だなんて、ヒドイですッ志貴さんッ!!昨夜はあんなに愛しあったじゃないで
すか!!」
 涙を溜めながらヨヨヨと、わざとらしく崩れ落ちる琥珀さん。流し目で、さも
 恨めしそうにこっちを見てくる。
 今にもハンカチを噛んでキィーとか言いだしそうな勢いだ。
 あまりの急展開について行けず固まる(フリーズする)秋葉。
 「あ〜琥珀さん、手に持ってる目薬ナニ?」
 「あ、これはですね〜。最近ドライアイってヤツでして、手放せないんですよ〜」
 そんな小道具まで使って俺を追い詰めたいんですか琥珀さん?オレ、なんかしまし
た?心の中で抗議するオレ。

 ふと、フルフルと肩を震わせている秋葉に気づいた。おお再起動した。
 「に、い、さ、ん……。ちょっとお、は、な、し、が」
 ちなみにそれは髪を赤くしながら言う台詞じゃないゾ、秋葉よ。
 「少しは兄を信用しろよ」
 「無理です」
 うわ即答。
 「男女間で兄さんを信用するなんて不・可・能です」
 しかも不可能とかいいやがった。

 「第一、兄さんには前例があるじゃないですか。あのアーパー吸血鬼とか、カレ
ー先輩とか」
 ジト目でこっちを見つめる秋葉。

 ぐ、ソレを言われるとツライ……。
 「秋葉様」
 そこへ、さっきまで黙っていた翡翠が前に出てきた。
 「何かしら、翡翠?」
 ああ、翡翠キミだけは俺の味方だよね。
 さぁ事情を説明して誤解を解いてくれッ!
 「私たちが志貴様のご寵愛(ちょうあい)を受けたのは事実です」
 言い終わると、ほぅっと恍惚とした表情になっていた。
 ご寵愛、ごちょうあい、ゴチョウアイ、ごちょうあい、ごチょウあイ…………。
 ぐるぐると頭の中で反芻されていくトンデモ発言。


 言うに事かいてナニ爆弾発言シテマスカこのメイドは……。




 はっ!?あまりにも突飛すぎて意識が一瞬トんでしまった。

 顔を真っ赤にしてまたまたフリーズする秋葉。こりゃフリーズと言うよりショー
トだな。等と他人事のように分析している自分。いや、他人事っちゃ他人事な
んだけどさ。
 そうだ、琥珀さん。琥珀さんならここでフォローを入れてくるかも知れない。
琥珀さんの方に振り向くとそこにはボーゼンとする琥珀さんが…。こ、琥珀さ
ん、そ、その顔が……に、人形、みたいにナッテマスヨ?
 「わーーー!ご、ごごご、誤解だ誤解。な、なななななな、何言ってるんだ、
ひっ、翡翠!」
 思わず弁解する声が上ずってしまう。
 ここで翡翠の言った誤解を説いておかなきゃ命がいくつあっても足りやしない。
 そこへ再起動した秋葉。
 ゆらり、と幽鬼のようにゆっくりと立ち上がり、こっちを見下ろす秋葉。
 髪がこれ以上ない位に真っ赤なんですけど、秋葉サン。
 マズイ。本格的にマズイ!目が完全にイっちゃってる!
 ニゲロニゲロと本能が訴えかける。
 助けを求めようと周りを見回すが翡翠は頬を赤らめたまま帰ってこないし、
琥珀さんはーっと、な、なんか注射器取り出してるんスけど……。
 赤とか青とか緑とか。ぜったいそれ劇薬だろ!?それ!
 脳裏に座敷牢での出来事がよぎる。
 まて、何だこの記憶は。オレは知らないぞ、そんなシーン。



 「……覚悟はよろしいですね……兄さん……。」
 「……フ、フフフ……お仕置きですよー」




 そこで遠野志貴は悟った。



     死んだな――――これは




            ああ――今日はなんて




                      ――厄日――

遠野家の朝 了






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