セキワンの女


事務所のドアに何かが挟まっているのを見つけた。
それは、今ではもう珍しくなった一通の封筒だった。差出人は不明。宛名には「言吹 森羅様」とだけ書いてあった。
「今時、封筒とは差出人はかなりコフウね。いいシュミしてるわ」
私は振り返り封筒を宛名の主にを翳してみせた。
彼の名は言吹森羅。くすんだ黒髪は目元まで伸び、さらにサングラスで完全に目を隠してい為、表情が今一つ分からない。
ソファに深く腰をかけていて分かり辛いが長身で恐らく180後半はあるだろうか。一見優男風に見えるが実は無駄なく鍛えられているおり、細さを感じさせない。身体のそこかしこにある無数の傷跡が彼の経歴を物語っている。
もう十月も終わりだというのに上にはTシャツ一枚。ズボンにブーツと季節感を全く感じさせない出で立ち。唯一の防寒具はソファの上に無造作に放り投げられた愛用のくたびれたロングコート。しかし彼は年柄年中この格好なので、やはり季節感などの無いのである。
こんな変わり者が私のパートナー “ギガンの男”と呼ばれている青年である。
手渡した封筒をビッと破り、中身を確認する森羅。文面を見て表情が一瞬険しくなったがすぐにいつもの調子に戻ると私に送り主の名を明かした。
「確かに封筒なんて珍しいな。だけど差出人はもっと珍しいぜ、なんせ“本喰い”直々の召喚状だ」
「ええッ“本喰い”から?アナタ何したの?」
“本喰い”と言えばこの街では知らない者がいない程のビッグネームだ。もし、彼(彼女かも知れないが)睨まれたらこの街で生きていく事ができない。否この世界で力のある人物である。
「さあ?身に覚えがあるような、無いような」
頭を抱えている森羅。仕事柄、私自身も無関係とは言い切れないトコロが困る。「まぁいいや、行ってくるわ。本人に聞けば分かるだろうさ」
ソファから立ち上がり、愛用のロングコートを羽織る森羅。
「いってらっしゃい。こっちはこっちでやっておくわ」
私は昨日の夜に来た依頼の事を言った。マフィアの幹部から直々の依頼だ。
「さすがリンネさん気が利くね。そんじゃあオレもマジメに仕事すっかなぁ」
森羅はそう茶化しながら事務所を後にした。
「さて、と、私も依頼人に会いに行こうかしら」
ハンガーに掛けておいたマフラーを無造作に巻きながら、そう誰に言うでもなく呟いた。
約束の時間より少し早いけど、私も依頼人に会いに行く事にした。

ここは旧市街。刻(とき)の止まった街。隣に“新都”と呼ばれる新しい都市が完成してもう随分になる。
そんな街の小さな喫茶店に私はいた。
「それではお話をお聞かせ下さい」
依頼人の名はフィビュラオルソン。あるマフィアの幹部だ。年は四十代半ば。精悍な顔立ちと鋭い眼光。きっちりと整えられた髭が威厳を醸し出している。ハズだったが、目の前にいる人
物からは隠しきれない疲労による目の下のクマ、無精髭と憔悴している様が見て取れた。
それでも職業柄、堪えているのだろう。相手に弱みを見せまいと疲れを隠し、精一杯の虚勢を張って今、私と向かい合っている。
「ああ、依頼は俺の護衛、つまりボディガードだ」
「護衛、ですか。期限はいつまででしょうか?」
「期限は三日。今、ヤツを雇った馬鹿野郎を探させてる。三日もあれば分かるはずだ。その間アンタ達に護衛を頼みたい」
「わかりました。でも意外ですわ。貴方のような組織の幹部の方が、一介のフリーランスである私たちに依頼するなんて」
途端に厳しい表情を浮かべるオルソン氏。
「あまりいい話じゃないンだがな。二日前に俺の命を狙って来やがったヤツがいた。その時はウチの連中が十人、俺の護衛についてたんだ」
マフィアの幹部であるオルソン氏には当然の如く腕利きの精鋭が護衛についているはずだ。しかし今ここに護衛は来ていない。それはつまり……。
「全滅した。ということですか?」
ギリィッ 歯を食いしばる音が聞こえた。
「俺の部下達だった。それが一人残らず殺(や)られちまったンだよ……それだけじゃない。ヤツはわざと俺だけ見逃がしやがった!!『三日後にまた来る、精々足掻け』だと、ナメやがって!!俺如きいつでも殺せるんだ」
思い出した屈辱に激昂するオルソン氏。
「それで私たちに?」
「そうだ。悔しいがウチの奴らじゃ歯がたたねぇ。そこでアンタ達だ。先月の件はオレの耳にも入ってる。始めは十銃使いに頼む予定だったんだが、ヤツァ仕事中らしくてな、捕まらなか
った。そこでアンタ達の事を思い出したってワケだ」
先月、そう言えばシンラが派手にやっていたっけ。あの一件ね。そこでお眼鏡にかなったという事かしら。
「事情は分かりました。では一体誰に狙われているんですか?」
「“悪夢”そう、ヤツは名乗った」
「……悪夢、確かにそう言ったのですね」
私はその名に聞き覚えがあった。悪夢。通称“旧市街の悪夢”と呼ばれ、高い成功率と国籍、年齢、性別、全てが不明。存在が半ば都市伝説と化している殺し屋だ。狙われた者を絶望させてから殺す、と言うスタイルらしく、いつしか“悪夢”と呼ばれるようになったとか。
「なるほどあの“悪夢”ですか、分かりました。お引き受けしましょう」
「ほ、本当か」
驚きながらもホッとした顔をするオルソン氏。
「はい、では次に報酬のお話しをさせて頂きます。護衛となりますと必要経費とは別に一日で百万、三日間と言う事ですので三百万頂きます。報酬は前金で百万、残りは成功報酬となりますがよろしいですか?」
「前金で百万か……悪いが今は無理だ」
「そうですか。では、この話は無かったと言う事で……」
そう言って私は席を立った。
「ま、まってくれ。は、払う。しかし身を隠している今、そんな金は持っていないんだッ片付いた後なら五百万でも一千万でも払う!!」
「そうは言われましても、私たちも慈善事業ではないので」
「前金はこれで勘弁してくれッ!!」
そう言って彼は身につけていた指輪とネックレス等の貴金属類を渡してきた。
「ではこの宝石類を前金と言う事にしましょう。残りはまとめて払って頂きますよ。それと護衛期間を延長する場合は一日につき百五十万上乗せさせて頂きます」
「……くぅ背に腹は代えられん。分かった、払おう」
「これで契約成立ですわね」
にっこり微笑む私に、オルソン氏は苦虫を潰したような顔で聞き返した。
「こうまで大見栄きったんだ。アンタ達、ヤツに勝てるんだろうな?」
「ええ、問題ありませんわ」
「それとアンタ達はコンビじゃなかったのか?相棒はどうした、あの“義眼の男”は?」
「申し訳ございませんが、相棒(パートナー)は今、別件でして、この依頼は私一人でやらせて頂きます」
「フザけるなッ!!」
ダンッ 激昂したオルソン氏がテーブルを叩いた。
「俺の命がかかってるんだぞッ!!」
「ですから私が護衛につくのです」
「」
「アンタに、アンタの相棒と同じ実力があるってんなら俺からはもう言う言葉はねぇよ。」
ガタンッ と乱暴に椅子に座るオルソン氏。
「では改めて、契約成立という事でよろしくお願いします」
そう言いながら私は左手を差し出し握手を求めた。
握手するオルソン氏。投げやりにブンブンと乱暴に腕を振る。
「では早速移動しましょうか。店内は少々不利ですから」
そう言って私たち二人は席を立ち上がった。
途端にフッと店内の照明が消えた。


To Be Continued





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